年収の壁対策
2023年11月01日
「年収の壁」があるために、パート労働者は勤務時間を減らすなど就労調整を行うために人手不足となるといわれます。特にこれからの年末に向けては、社会保険の扶養から外れないように勤務時間を減らすパートが増えるといわれます。「本当はもっと働きたい。でも損はしたくない。」と考えて働く時間を短くすることがないように、企業に助成金を出してパートの賃上げや労働時間増を促したり、一時的な「壁超え」については柔軟な対応を認めたりすることでパートの年収が減らないようにするというのがねらいです。ですから、企業はパートを社会保険に加入させると助成金がもらえるとかパートはたくさん働いてたくさん給与をもらっても扶養から外されないという意味ではないことに注意ですね。
こういった対策は、これまでパートに就労調整を迫られてローテーションが組めずに人手不足に陥ってきた企業にとっては朗報ですし、パートにとっても収入増となります。ですが、ここでいう106万円と130万円には、計算方法に大きな違いがあるので注意しなければなりません。106万円の計算方法は、毎月の給与の基本給と手当を足した額となりますが、そこに通勤手当や残業代、賞与などは含まれないことになっています。ですから、パートやアルバイトが、これからの年末に向けての繁忙期にいくら残業しても壁超えを心配する必要はありません。もう一方の130万円の計算には、毎月の決まった給与に加えて残業代や賞与はもちろんその他の不動産収入や配当収入なども合算することになっていますので、年末にむけてしっかり計算する必要があります。
この「年収の壁」の問題には、社会保障制度の公平性の問題が隠れているといわれています。現在、専業主婦など会社員に扶養される配偶者は、「第3号被保険者」といわれ働きに出ても社会保険料を支払う必要はないのに、支払った人と同じだけの国民年金の老齢基礎年金を受け取ることができます。この優遇制度がそもそも現在の社会情勢に合っていないのに、今回の対策では、そういった人の収入が一定額を超えても、国が実質的に保険料を肩代わりして手取りが減らないようにすることになるので、これでは優遇に優遇を重ねることになるのではないかという意見があります。ただ、今回の対策は3年程度の時限措置で2025年の年金制度改革に合わせた「つなぎ措置」にすぎないということです。すでに来年10月から従業員数51人までの事業者に対して厚生年金への加入義務を拡大することが決まっていますが、今後は50人以下の事業者にも拡大することが検討されています。
これからは、多くのパートの人たちは年収を減らす選択をしない限り、社会保険に加入して保険料を負担することになるようです。そうなると、当然、企業の負担する保険料も増加します。岸田首相は、最低賃金(時給)の全国平均について「2030年代半ばまでに1500円となることを目指す」と言っているわけですから、人件費は、社会保険料の企業負担分である15%を加えると1725円となります。小売業や飲食業、宿泊業などパート依存度が高い業界はかなり厳しい状況となりそうです。
特定社会保険労務士 末正哲朗
◆最新・行政の動き
手当支給企業に助成金 3年間で1人50万円 厚労省・「年収の壁」支援パッケージ
厚生労働省は、短時間労働者がいわゆる「年収の壁」を意識せずに働けるようにするための「支援強化パッケージ」を発表しました。
社会保険に関する「年収の壁」には、従業員100人超企業で週20時間以上勤務した場合に厚生年金・健康保険に加入して保険料負担が生じる「106万円の壁」と、配偶者の被扶養者から外れる「130万円の壁」の2種類があります。
「106万円の壁」対策として、キャリアアップ助成金に「社会保険適用時処遇改善コース」を設置します。賃上げや、労働者負担分の保険料に相当する手当支給などを行う企業に対して、労働者1人当たり最大50万円を助成します。令和7年度までの時限措置で、1事業所当たりの申請人数に上限は設けません。企業が手当により肩代わりした本人負担分の保険料相当額については、保険料算定の基礎に含めません。
「130万円の壁」対策では、一時的な増収によって130万円を超える際、事業主の証明を添付することで、連続2年まで被扶養者に留まれるようにします。
10月中に改正雇用保険法施行規則を公布し、同月1日に遡って適用する方針です。
厚労省は令和4年「労働争議統計調査」の結果を公表しました。令和4年における総争議は270件(前年比27件減)で、元年に次いで2番目に低く、減少傾向にあります。このうち、ストライキなどの争議行為を伴う争議は65件(同10件減)で、伴わない争議は205件(37件減)でした。
争議の主な要求事項は、「賃金」に関するものが139件で、総争議件数の51.5%と最も多く、次いで「組合保障及び労働協約」が103件、「経営・雇用・人事」が98件となっています。
4年中に解決した労働争議は206件で、総争議件数の76.3%を占めています。解決方法は、「第三者関与による解決」が68件に上り、「労使直接交渉による解決」が54件でした。
争議行為を伴う争議を産業別にみると、件数は「医療、福祉」が22件で最も多く、「情報通信業」が13件、「製造業」が11件で続きます。
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